「電卓の卓です…」がイヤやった私 ― 名前の意味と、我が家のテーブルの話
- 卓哉 金城
- 7月27日
- 読了時間: 7分
名前がきらいやった工務店オヤジが、漢字を調べて腑に落ちた。人が集まる家って、こういうことかもしれません。

~電卓の卓に、志賀直哉の哉です~雨が続いたと思ったら一転、じりじりと照りつける太陽が、夏本番を告げています。たのしむ家族のこうむてん、かねしろ匠舎 金城です。 子どもの頃、自分の名前が好きではありませんでした。「どんな漢字?」と聞かれるたびに「電卓の卓に、志賀直哉の哉です・・・」。なんかカッコ悪くて。「誠」「学」や「勇気」「隼人」¥みたいな、すっと伝わる名前、カッコイイ名前に憧れていました。 高校生になると「タクヤ」という役名のドラマも増えてきて、二十歳を過ぎたころには木村拓哉さんの活躍もあり、「志賀直哉の哉」が「木村拓哉の哉」になって、少しだけ好きになりました。それでも「卓」の説明だけは「電卓、食卓塩・・・」ずっとしっくりこないまま。 あるとき「ビジネスで名前は武器だ」と教わりました。一度で覚えてもらえる名前は大きな武器になると。実際、「大坂太郎」という知人は、出身地とは関係なく、そのインパクトだけで名前も顔もそして、親近感さえ覚えてもらっていました。 そこで改めて自分の漢字も調べてみました。「卓」とは、家族が囲むテーブル。人が自然と集まる場のこと。「哉」は、「〇〇だなぁ!」という感嘆や感情を表す言葉。 私は工務店として、家族や仲間が集まって、あたたかな時間が流れる場をつくる、雰囲気をつくる仕事をしている。そう気づいたとき、「付けられるべくして付けてくれた名前やったんや」と名付け親への愛と感謝で、胸がじんわりしました。 名前に限らず、物事は一面だけ見ていると、不幸に思うことも。でも視点をひとつ変えれば、たくさんの幸せに気づける。その「解釈力」こそが、前向きな気持ちや良いご縁を引き寄せてくれると、私は信じています。 これからも、解釈力を高めながら仕事をしていきたいと思っています。 |
目次
「どんな漢字?」が、ちょっと苦手でした
たのしむ家族のこうむてん、かねしろ匠舎のキンちゃんです。
今月、市岡・三先・南市岡の地域にお配りした7月のお手紙「電卓の卓に、志賀直哉の哉です」、読んでくださった方はありがとうございます。今日は、そのつづきの話です。
子どもの頃、私は自分の名前があまり好きではありませんでした。
「どんな漢字書くん?」と聞かれるたびに、「えーっと、電卓の卓に、志賀直哉の哉です…」。この説明が、なんかカッコ悪くて。「誠」とか「学」とか、「勇気」「隼人」みたいな、一発で伝わってスッと決まる名前に憧れていました。
高校生になったころから「タクヤ」という名前のドラマが増えてきて、二十歳を過ぎたあたりで木村拓哉さんの活躍もあり、「志賀直哉の哉」が「木村拓哉の哉」に変わりました。これはちょっと嬉しかった。
それでも「卓」のほうは、最後まで居心地が悪いままでした。電卓、食卓塩、卓球…どれもピンとこない。

「卓」の意味を調べてみたら
あるとき、「ビジネスで名前は大切や」と教わりました。一度で覚えてもらえる名前は、それだけで大きな武器になる、と。
思い当たることがありました。知人に「大坂太郎」さんという方がいるんです。出身地とはまったく関係ないそうですが、そのインパクトだけで、名前も顔も、なんなら親近感まで一発で覚えてもらっている。うらやましいなぁと思って見ていました。
そこで、あらためて自分の漢字を調べてみたんです。すると、こう書いてありました。
「卓」——家族が囲むテーブル。人が自然と集まる場のこと。
「哉」——「〇〇だなぁ!」という感嘆や、心の動きを表す言葉。
これを読んだとき、しばらく固まってしまいました。
私は工務店として、家族や仲間が集まって、あたたかな時間が流れる場をつくる仕事をしています。それを、名前がそのまま言い表していた。
「付けられるべくして付けてくれた名前やったんや」
名付け親への愛と感謝で、胸がじんわりしました。40年以上たって、やっと自分の名前が好きになったわけです。
思い出したのは、我が家のリフォームのこと
そして同時に、思い出したことがありました。
私は今、大阪市港区の市岡に住んでいます。築25年の中古住宅を買って、6人家族で暮らすためにリフォームした家です。かねしろ匠舎という屋号の原点も、この家にあります。
このとき、私が一番悩んだのが、リビングとダイニングのテーブルをどうするかでした。
普通に考えたら、ダイニングテーブルを1つ置いて終わりです。でも、それだと足りない気がして。
我が家は、人がよく来るんです。子どもの友だちが来る、仕事仲間が来る、地域の人が寄ってくれる。そのたびに「席が足りひん」となるのは、なんか違うなと。
かといって、はじめから大きな一枚板のテーブルを置くと、普段の生活には大きすぎる。日常は日常で、動きやすくしたい。
分けられて、つなげられる。2つのテーブル
悩んだ末に選んだのが、分割できる2つのテーブルでした。
普段は、リビング側とダイニング側で分けて使います。それぞれが独立していて、家族4人でも6人でも、無理なく使える距離感です。
そして人が集まるときには、この2つをつなげます。つなげると、大人がずらっと囲めるくらいの、1つの大きな卓になる。
これが、やってみると本当によかった。
テーブルをつなげた瞬間に、その場の空気が変わるんです。「今日は集まる日や」という感じになる。座る場所が増えるという以上に、みんなで囲んでいるという感覚が生まれる。
当時の私は、ただ「そのほうが楽しそうやから」でそうしていました。でも今回、「卓」の意味を知って、ようやく言葉になった気がしています。
私がつくりたかったのは、人が自然と集まってくる場所——つまり「卓」やったんやな、と。

「片付く家」より、「人が集まる家」
この家をつくるとき、私が優先しなかったものもあります。
外壁のかっこよさ。収納の量。よく雑誌に載っている、そういうところです。
もちろん大事な要素ですし、ご要望があればとことん考えます。でも、我が家に関して言えば、私が最後まで手放さなかったのは別のことでした。
家が片付くことよりも、人が集まれること。
これが、私がほんとうに大事にしたいものでした。
正直、我が家はしょっちゅう散らかっています。人が来れば余計にそうです。でも、その散らかりは「人が来た証拠」なんですよね。
ここが、お手紙に書いた話とつながってきます。
7月のお手紙の最後に、私はこう書きました。物事は一面だけ見ていると不幸に思うことがある。でも視点をひとつ変えれば、たくさんの幸せに気づける。その「解釈力」こそが、前向きな気持ちや良いご縁を引き寄せてくれる、と。
「電卓の卓」がイヤやった私が、「家族が囲むテーブルの卓」やと知って好きになったように。「散らかった家」も、見方を変えれば「人が集まる家」なんです。
これは、家そのものにも言えます。「狭い家」は「目が届く家」かもしれない。「古い家」は「まだ使えるものが残っている家」かもしれない。港区には、そういうお家がたくさんあります。
ご相談に来られる方も、最初は「うちは狭いから」「古いから」と、マイナスから話し始められることがよくあります。でも、一緒に見ていくと、そこにしかない良さが必ず出てきます。それを見つけて形にするのが、私の仕事やと思っています。

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かねしろ匠舎(かねしょうこうむてん株式会社)
大阪市港区市岡1-5-16 / TEL 06-6575-9151
代表:金城卓哉 / 創業:2018年3月
港区での家づくり25年以上。直接施工で、一軒ずつ向き合います。
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